現在数万円から十万円で買えるものの間に欲しいものがたくさんある。
居間の寝椅子(ソファ)・・・・・・・ 電気紙芝居を見たり、本を読むには座り心地の良い寝椅子が必要
絨 毯・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 床が板張りなので、保温と傷防止に必要
西洋濡れ縁(ベランダ)・・・・・・・居間の外にはやはりこれが欲しい。朝夕のお茶の時間に必要
原付回転式鎖鋸(チェーンソー)・・・薪を作るのに必要
来季用薪 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・今回は渡欧の時期が早いので、自分で来季用の薪を準備する
暇がない
クリストファの絵 ・・・・・・・・・・・・知人の画家の作品がなかなかいい
芝刈り機 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・芝などあまりない。実は雑草刈りに使う
銅製ヤカン ・・・・・・・・・・・・・・・・今使っているヤカンはお湯を注ぐ時に口を伝って大量にお湯が漏
れる。どうせ買い換えるなら機能のいいものを買いたい
ケリーケトル ・・・・・・・・・・・・・・・松ぼっくりでもお湯が沸かせるヤカン。不要不急は明らか
その他、簡易デジタル無線機、多機能携帯電話、写真機、静かな冷蔵庫、大損掃除機、家庭用映画館、和風骨董家具などだ。
この中の実用品で、優先順位が高いものは原動機付き回転鎖鋸と来季用薪であろう。しかしながら、次の冬もここに住んでいるか定かではないのでまだ買わない。大きな可能性として欧州再移住があるからだ。これがために今これらを買うわけにはいかない。実は先に上げたホシ~ホシ~一覧表には佐久御用邸にいようが、欧州にいようが役立つものが一点だけある。写真機である。今使っているものは数年前に一時帰国した折に買ったもので、性能的に陳腐化し始めており、新しいのがホシ~のだ。問題は「絶対ないと困るもの」ではないことだ。今のものでも画素数的には十分だし、荒いが動画も撮れる。
子供の頃、出不精の父が珍しく旭川だかの百貨店に連れて行ってくれた。私はおもちゃ売り場でゴムの蛇をねだってこれを拒否され、床に仰向けになって手足をバタつかせた。これが私の記憶に残るホシ~ホシ~病の最初の発作であり、父からもらった最初の拳骨であった。今私が当時の父の立場だったら同じ事をしたかもしれない。ちなみに私は生涯二回だけ父に殴られたが、二回目は小学校3年生くらいの時だった。もしかしたらこちらのほうが最初の発作だったかもしれない。母に何かをねだって叶えられず、手を上げた。たまたま父に見つかり柄杓(ひしゃく)でひどく殴られた。母は私に覆いかぶさるようにしてかばってくれたが、父の狙いは正確に私の頭を捉えた。アルマイトでできた柄杓は盃いっぱいの水も汲めないくらいにひしゃげた。私といえばコブが出来たくらいで、この時ほど自分の石頭をありがたく思ったことはない。
とにかくホシ~ホシ~と思ったらもういけない。寝ても覚めても、明けても暮れても欲しいのだ。悪いことに私は口がたつ。つまり、欲しい気持ちに理屈をつけてこれを正当化する。まるで尖閣を欲しがっている中国政府のようだ。
子供の頃は将来学者になろうと思っていた。中学校で成績は良かったので、特に勉強などしなくても有名進学校には入れたが、通学に便利な公立の高校に入った。ここで病気が再発した。単車(オートバイ)が欲しくて両親にねだった。友達の一部は既に免許をとって乗り回しており、私はこれが心底羨ましかった。私は次男で、子供の頃からスキーとか着るものは兄からのお下がりが多く、非常に不満におもっており、これを両親にぶつけた。彼らは一顧だにせず私の願いを拒否した。私は勉強拒否の労働争議(ストライキ)に突入した。その効果はみるみる上がり、私の成績はみるみる下がった(^^;)。やがて授業にさえついて行けなくなった。その結果大学は中央の一流は望むべくもなく、入れる所に入るほか無くなった。
いま思えば、あの時あの病気さえ出なかったら、と思うのである。どれだけ自らを貶め、どれだけ親を悲しませたことか。爾来病気が治ったとも思えず、時折起こる醜い物欲の発作に苦しみながら今日に至っている。未熟者め・・・。
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