2013年6月24日月曜日

西の果てから

日曜の午後である。午前中に洗濯を片づけ、早めの午餐を済ませてしばらくボーッとしていた。日本から持ってきていたヘミングウエー再読もかなり進んだが、今日は読む気も起きなかった。スコットランドにしては珍しく晴天が続き、今日も朝は曇っていたものの、昼辺りから急に日差しが出てきた。

私は、ここでは滅多に自発的には散歩などしないのであるが、なに、ものの10分も歩けば海が見えるのだと思い、家の裏庭から松林に出た。英国人は無類の散歩好き国民である。その成果が地面に出ている。松林を抜けて左方向に行けばまもなく海が見えるだろうとタカをくくっていたら、たくさんの枝分かれした自然にできた小道があるのだった。生憎方向感覚はまるでない。

私を理屈っぽい人間だと思っている方が多いだろうと推察するがそれは違う。人一倍感性に頼って暮らしている。なればこそ理性をもって平衡を保とうとする。これが時々行き過ぎるのである。方向に関しては理性も感性も役に立たない。天を見上げてぐるっと回ればそれで全てがわからなくなる。進化して野性を失った、と言えば聞こえばいいが、では太陽の高さや星の位置で方向がわかるかと言えば、勉強不足で皆目わからない。

小道は多くの人が歩いたその結果出来たので、まことに不思議だ。周囲を見回しても人影は見えない。でも、幸い見覚えのある発電用風車が見えたので、これを頼りに海を目指した。それでもかなりの遠回りをした。私がウミガメの子供だったら卵の殻を破ってのち、ひたすら内陸を目指したところである。

牛乳8にコーヒー2を混ぜたくらいの色の、細かい砂が玉石と混ざって果てしなく続いている。この玉石、実に面白い。形はほとんどが楕円で、平たいものが多い。大きくても直径20洋寸(cm)くらいで、つぶは比較的揃っているといえる。色は淡いものがほとんど。柄は石英の白だけのものから、濃い色のものがサンドイッチ状になったものなど、千差万別である。面白い姿をしたものを人々は持ち帰り、家の窓辺などに飾る。一番人気は白い心臓形(と書くと雰囲気ないですなぁ・・・)である。

ところどころ強い北風の侵食で、高さ数十洋尺の土手ができており、この断面がいい。玉石の層と砂の層が順番に重なっており、何千年、何万年の間に海水面の上がり下がりがあって、その結果できたのだろう。いま玉石が一面に広がっているところも、やがてそこに砂が被さり、その上にまた玉石が乗り、これを繰り返すのだろう。次に風化でできた玉石と砂の層の、この断面を見て駄文の題材にするのは、服を着たサルかもしれない。(猿の惑星をふと思い出した)

大きな起伏がないだけで、大げさに言えば砂丘のようだ。ゴースという小さな刺が無数にある灌木がところどころに大きな群れを作っており、今はその花が盛りで、遠くからでもその独特な甘い香りが鼻腔にからむ。少しそばに寄ると、圧倒的な黄色である。日本のニセアカシアのような黄色である。この荒地に繁茂して他を寄せ付けない逞しさよ。しかし、よく考えたら、ここにはこの植物くらいしか適応出来なかったのかもしれない。

この海岸線は東西に伸びており、西の端は南西に下りながら、ネス湖につながる川の河口にあり、大きな湾になっている。東の端は80洋里(km)ほどで海に落ちる。その先をまっすぐ北海を行けば数百洋里でノルウェーの南端である。真北を行けばグリーンランドとノルウェーの間を抜けて北極に至る。

二十歳前後の頃、FENと言うアメリカ軍放送を聞いていたことがある。Far East Network の略で、フェンと発音していた。何を話しているかさっぱり解らなかったが、当時は若者の流行りだったのだ。Far East Network とは、極東放送網くらいの意味である。アメリカから見れば日本は西にあるのだから、Far West Networkと言ったほうが合理的な気もするが、アメリカは「政治的に西側なのだよ」、くらいの意味であろう。地図というのは自国を真ん中に配置してそこから他国が東であるか、西であるか、はたまた北であるか南であるかを表すものなのだろうが・・・。

日本から見ればここはFar west、すなわち極西である。いま気がついた馬鹿な話し。極東は簡単に漢字変換できるが、極西はできない。単語がないのだ。極とは「端っこ」とか、「まるっきり」を意味している。日本人が日本は極東の国である、と言うのは自分の視点が解っていないのだ。