2015年4月3日金曜日

木を伐る

我が領地の、道を挟んだ南側には雑木林があって、持ち主はいるのだが、一向かまう気配はない。日本がバブル景気に沸いた頃、投資目的か、あるいは本当に別荘を建てるつもりだったのか、いづれにせよ大枚をはたいて買った土地のはずである。2~30年前の話しである。

当時このあたりは、相当な値段だった筈で、それでも人気があって申込者を抽選で絞っていたと聞く。今は当時の値段の4分の一くらいまで下落し、そのお陰を蒙って私のような貧乏人が、土地を買って家を建てることができた。

新幹線の駅から20分少々。が、山中にあるので車は必須で、日常の買い物、用足しなどは必ずしも便利とは言えない。しかしながら、定住者は意外と多い。多くは年配者たちであるが、それはこの町に、町の規模に似合わない病院がいくつもあるからかも知れない。

大雑把に言って、数ある区画の三分の二くらいは空き地のままで、多くはまったく手入れがされていない。これらは荒れ放題の薮になり、雑木林となる。そう、我が家の南の土地がまさにそれなのである。正確にはわからないが、おそらくは楢、もしくはその類の大木が数本、そして無数の潅木が繁茂して、私の大切な日差しと景色を遮っている。

一昨年のある時、私は正当な苦情と、多少の下心を持って別荘の管理会社を訪ねた。南側の土地の木々が伸びすぎて、我が領土に来るべく日差しが遮られ、見えるはずの絶景が見えないと苦情を申し込んだ。土地の所有者にしっかり管理をするよう促して欲しいと。土地の所有者とは直接は接触はできない。管理会社が先方の連絡先を教えてくれるはずはないからだ。

私は、土地の所有者と管理会社を通じて何度も連絡をとる面倒を避けるために、あらかじめ計画を練っていた。すなわち、

「そちらの管理不行き届きで、こちらが痛く迷惑を蒙っている。しっかり管理すべく、責任を果たしてしていただきたい。ついては高く伸びた雑木を伐って頂きたい。もし、そちらで伐採をしないなら、こちらでその労をとるも吝(やぶさ)かではない。しかし、これによって生じた木材はこちらで適宜処理するが如何?」

と。結果、私に伐採して下さい。それによって生じた木々も私が処理してもかまわない。あの土地にこれ以上お金を掛けるつもりはない。これが管理会社から来た先方の返答であった。

かくして私は庭に有り余る日の光と、近場から約2冬分の薪を調達することとなった。

伐採と言う作業は、傍目で見るよりはるかに危険で困難である。すぐそばに電線が通っている。(万が一、これを切断するようなことがあれば、私はその晩のうちに持てるだけの荷物を車に積んで、忍び足でどこかへ引っ越して行くであろう)

楢(ナラ)や樫、椚(クヌギ)や欅(ケヤキ)など、良い薪材になる樹種は重い。おまけに、枝が好き放題の方向に伸びるので、ただ伐れば、その倒れる方向はまったく予想がつかない。この下敷きになれば、重傷を負うか、死ぬ可能性も高い。私が伐ろうとしている木々は一本何トンの代物だからだ。

ある日、頼んだわけでもないのに、近所の業者が来て、伐採の見積もりをさせろと言う。どうやら管理会社の担当とつるんでいるらしい。具体的金額を示されたが、それは決して高いものではなかった。私は金も惜しかったが、それよりも自分自身で伐採をやって見たかった。当然断った。自分でやってみてだめだったらその時に頼めば良いと思った。

伐採計画を実行に移し始めたのは昨年の秋である。原付鎖回転鋸(娑婆ではチェーンソーと言う)を買った。今まで使っていたものは、原動機の排気量が小さく、おまけに寄る年波で調子が悪かった。

ひとところに生えている木々を伐採するには効率的で安全な順番と言うものがある。ただむやみに伐れば、掛木(かかりぎ)と言って、伐採した木が他の木にもたれて、完全に倒れない場合がある。これの処理は非常に危険らしい。私が今持っている装備、つまりチェーンソーやロープなどだが、これでは足りない。かと言って梯子や安全帯(命綱付きのベルト)などは買っても元が取れない。幸いなことにお隣のSさんがこれらを貸してくれた。

考える日々が続いた。我が領地からその雑木林までは徒歩で3秒である。時々珈琲をもって林の中に立ち、案を練った。素人にできる最善の伐採は、木に登って上から少しずつチョキチョキ伐ってくることである。高いところは怖い。しかし、一番恐れることは、根元からいきなり伐って、電線を切断することである。

木を思った方向に倒すには、二つ方法がある。ひとつはロープで引っぱっておくこと。もうひとつは鋸を入れる際、倒したい方向にパックマンの口のように切れ目(受け口)を入れ、次にその反対側から鋸を入れる(追い口)。倒そうとする木が直立して尚且つ枝振りが均一で風がなければ、理屈上は、この方法でうまく行く。ところが、現実はかなり複雑で危険を伴う。

ひとり作業は効率が悪いだけでなく、危険である。が、やむを得ない。かなりの高さまで登り、ロープを結び、降りてその端を倒したい方向にある別の木に結ぶ。(逆に言えば、倒したくない方向に木が倒れるのを防止する策である)方向を見定めて受け口を切る。次第に心臓の鼓動が早くなる。アドレナリンが出ているな、と思う。追い口を切り始める。万が一を想定して逃げる方向も考えておく。口の中がからからに乾いている。水平に切っているつもりでも、受け口に近づくにつれ、刃先が下がる。このまま行けば受け口より追い口が下になり、木が逆方向に倒れるかもしれない。やり直しは危ないかもしれない。どうする・・・。

ほぼ狙い通り。うまくいった。軽い地響きを感じた。ほっとするあまり、高揚感とでも言うような、体が宙に浮くような感じがした。一本目を倒して自信を持ったのならいいが、私は伐採がこんなに大変なら、後は業者に頼もうかと思った。

後始末も大変である。薪にならない小さな枝はまとめて一箇所に集める。倒した木を玉切る(ストーブに入る長さに切ること)。玉切った木を我が愛車(二輪車)に積んで庭に運ぶ。楢の木は直径5~60cm、長さ40cmくらいで、その重量はおそらく50kg以上にはなる。愛車には一個しか載らない。薪割り機などないので、斧で割る。硬い木は一筋縄ではいかない。

気がつけば全身汗みずくである。薪ストーブの季節は終わったと言うのに、もう来期の心配をしている。

                     写真 伐採中の筆者