2013年3月5日火曜日

野鳥食堂 沈黙の春

ここ数日野鳥食堂にお客の姿が見えなかった。かつて無いことであった。前夜薪をとるために居間のガラス戸を開けると雪が降っていた。この地域は浅間山系、八ヶ岳山系、平野部に分かれており、天気予報の「佐久地域」ではハズレも多い。雪の予報など全くなかった筈で、ふと軽井沢方面の状況が気になる。上信越道は浅間山の南麓をなぞるように走っており、冬期間だけ私はそこの除雪に関わっているからである。

今朝は見事に晴れわたり風もない。この状態が何を私たちにもたらすか・・・。木々の小さな枝先にまで雪が綺麗に積もり、早朝の灰色で構成される単一色彩(モノトーン)から朝焼けの橙色が混ざり始め、このあたりから世界は色を取り戻す。風があると木々の雪は飛ばされてこの風情はない。新雪の降った朝の散歩の楽しみは輝かしいばかりの景色だけではない。ここは里からそれほど遠く離れた場所ではないが、野生動物が随分いる。私が実際に目撃した動物は鳥類を除くと、ニホンジカ、ニホンカモシカ、キツネ、タヌキ、ノウサギ、リス、テン、ネズミなどで、足跡となると、これがわからない。クマはすぐにわかった。大きいのである。ウサギもシカもわかる。リスも大丈夫(と思う)。キツネやタヌキはわからない。

夜中に雪が降ると次の朝が待ち遠しい。人や車が通る前に散歩をして新雪に残った動物たちの足跡を見て歩くのだ。今朝は思いもかけないほどの「大猟」であった。合わせて5~6種類もの動物の足跡があったのだ。このうち私に見分けがついたものはリスとノウサギだけである。あとは皆目わからない。ひとつだけ妙なモノがあったが、これはネズミの種類、おそらくはヒメネズミと思うがあてずっぽうである。

このような時の散歩はまったく運動にならない。とにかくたくさんの足跡があるので、これらに見とれて、これはなんだろうとか、どっちの方角に行ったのだろう、あれ、ここで足跡が途絶えてる、子供の頃読んだシートン動物記には小動物は捕食者の追跡から逃れるために様々な術を使うとあったっけ・・・どうなったんだろう、どれ下手くそな写真でも撮るか、などとやるからである。

散歩から帰ると北側の斜面からキジの鳴き声が聞こえた。今季初である。鳥のことについてはまったく知識がないが、繁殖期が始まったのだろうか。

庭にはまだ雪がかなり残っているが、何日か好天に恵まれたせいで、ところどころに土が見え始めていたが・・・。昨秋庭木の手入れから出た小枝の山が雪の中からその姿を現した。ああ、そうだった。庭で焚火を楽しむつもりでわざととっておいたのだったが、雪が来てしまい、そのままになったのだった。

お客の来ない野鳥食堂は寂しい。ヤマガラ、ゴジュウカラ、シジュウカラ、コガラはその名の示す通り、みなスズメの親戚で、仲良く群れをつくって縄張りを順に巡って餌を漁っているらしい。その順番や時間が決まっているとも思えないが、以前は朝夕は必ず来ていた。来なくなった理由を頭で探ってみても皆目わからない。何故か、ふと思いついたのが「沈黙の春」である。英題は「Silent Spring」で著者は米国人Rachel Carson である。この本は今から約50年ほど前に農薬などの化学物質の自然界に与える影響を世に知らしめて有名になった。

春といえば日足が長くなり、日光そのものも冬の弱々しさを脱して力強くなり、植物の芽の薄い緑が霞のように野山を覆い、鳥達はその囀(さえず)りをいよいよ喧(かまびす)しくする季節である。植物の緑が茂っても、鳥達の囀りが聞こえない春とはどんなだろうと思う。わが野鳥食堂のお客たちも、とうとうこの地上もっとも狡猾で野蛮な動物の犠牲者と成り果てたかと、不安に思う。

が、杞憂であった。しばらくしてお客は来た。押し寄せたと言っても過言ではない。鳴き声も明瞭で力強い。ヤマガラは時々壊れたハモニカのような声を出すが、ほかのシジュウカラやコガラの声の美しさよ。私がそばにいるのもかまわずに食堂に次から次に入ってはひまわりの種を咥えて出てゆく。どうやら仲間内でも餌をとる序列があるらしく、時々追っかけたり追っかけられたりしている。

かくして沈黙の春は満員御礼の春となった。

※下手くそな写真はヒメネズミと思われる足跡。中央の黒いものは私のお腹、ではなく比較のための手袋である。

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